小児看護では、病気や治療だけでなく、こどもが医療体験をどのように受け止めるかも大切にします。
注射、採血、処置、入院、親との分離、知らない場所、知らない人に囲まれること。
大人にとっては「必要な医療行為」であっても、こどもにとっては「こわいこと」「痛いこと」「自分ではどうにもできないこと」として強く記憶に残ることがあります。
そこで大切になる考え方が、アトラウマティックケアです。
アトラウマティックケアとは、医療や看護によってこどもや家族に生じる心理的・身体的な苦痛を、できるだけ少なくするためのケアです。
簡単にいうと、医療体験そのものが、こどもにとって必要以上につらい経験にならないようにする関わりといえます。
アトラウマティックケアの意味
「トラウマティック」とは、心や身体に傷つくような強い体験を意味します。
その前に「ア」がつくことで、アトラウマティックケアは「トラウマをできるだけ避けるケア」という意味になります。
小児医療では、検査や処置を完全になくすことはできません。
採血が必要なこともあります。点滴が必要なこともあります。入院して治療を受けなければならないこともあります。
しかし、同じ処置であっても、こどもへの説明の仕方、タイミング、環境、家族の関わり、痛みへの配慮によって、こどもの受け止め方は大きく変わります。
つまりアトラウマティックケアは、「処置をしないこと」ではなく、「必要な医療を、できるだけこどもにとって負担の少ない形で行うこと」を目指す考え方です。
なぜ小児看護で重要なのか
こどもは発達段階によって、病気や治療の理解の仕方が異なります。
たとえば幼児期のこどもは、自分中心に物事を考えやすく、病気や処置を「自分が悪いことをしたから」と受け止めてしまうことがあります。
また、痛みを伴う処置や押さえつけられる体験は、「治療のため」と理解するよりも、「怖いことをされた」という体験として残りやすいです。
学童期になると、ある程度説明を理解できるようになりますが、見通しが持てないことや、自分の意見を聞かれないことに強い不安を感じることがあります。
思春期では、プライバシーや自己決定、自分らしさが大切になってくるため、一方的な対応は強い抵抗感につながることがあります。
このように、こどもにとって医療体験は、単なる検査や処置ではありません。
「自分は大切にされた」
「こわかったけれど、説明してもらえた」
「がんばる方法を一緒に考えてもらえた」
そう感じられる体験になることもあれば、反対に、
「何をされるかわからなかった」
「無理やりされた」
「誰も自分の気持ちを聞いてくれなかった」
という体験になることもあります。
だからこそ、小児看護ではアトラウマティックケアが重要になります。
アトラウマティックケアの3つの視点
アトラウマティックケアでは、こどもと家族の苦痛を減らすために、いくつかの視点が大切になります。
代表的なものとして、次の3つがあります。
1. 親子分離をできるだけ減らす
こどもにとって、家族は安心の土台です。
入院や処置の場面で、保護者と離れることは大きな不安につながります。
もちろん、状況によっては一時的に離れなければならないこともあります。しかし、可能な範囲で保護者がそばにいられるようにすることは、こどもの安心につながります。
「お母さんが見えるところにいる」
「お父さんが手を握ってくれている」
「いつもの声が聞こえる」
それだけでも、こどもにとっては大きな支えになります。
アトラウマティックケアでは、家族を単なる付き添いではなく、こどもの安心を支える大切な存在として捉えます。
2. 痛みや恐怖をできるだけ少なくする
こどもの医療体験で大きな負担になるのが、痛みと恐怖です。
痛みは身体的な苦痛ですが、「また痛いことをされるかもしれない」という不安は心理的な苦痛になります。
そのため、痛みそのものを軽減する工夫と、恐怖を和らげる工夫の両方が必要です。
たとえば、処置の前に年齢に合わせて説明すること。使う物品を見せながら、何をするのか伝えること。痛みを伴う処置では、表面麻酔や冷却、気をそらす工夫を検討すること。こどもが好きなもの、安心できるものを活用すること。
「すぐ終わるから大丈夫」と言うだけでは、こどもにとって十分な説明にならないことがあります。
むしろ、
「チクッとするけど、終わったらすぐ教えるね」
「どっちの手でぎゅっと握る?」
「見るのと見ないの、どっちがいい?」
というように、こどもが少しでも見通しを持てたり、自分で選べたりする関わりが大切です。
3. こどものコントロール感を守る
医療の場では、こどもは受け身になりやすいです。
大人が決めた時間に検査を受け、処置を受け、薬を飲みます。自分の身体のことなのに、自分で決められない場面が多くなります。
だからこそ、こどもが少しでも「自分で選べた」「自分も参加できた」と感じられることが大切です。
たとえば、処置そのものは必要で変更できなくても、次のようなことは選べる場合があります。
- どちらの腕で測るか
- 座ってするか、横になってするか
- 処置中に動画を見るか、ぬいぐるみを持つか
- 終わったあとに何をするか
小さな選択であっても、こどもにとっては「自分の気持ちを聞いてもらえた」という経験になります。
これは、こどもの主体性を守ることにもつながります。
「泣かせないこと」が目的ではない
アトラウマティックケアというと、「こどもを泣かせないようにすること」と考えられることがあります。
しかし、目的は泣かせないことではありません。
こどもが泣くことはあります。痛いものは痛いですし、こわいものはこわいです。
大切なのは、泣いたかどうかだけで評価しないことです。
泣いていても、
「説明してもらえた」
「そばにいてもらえた」
「終わったあとに気持ちを受け止めてもらえた」
という経験があれば、こどもの中に残る意味は変わります。
反対に、泣かなかったとしても、内心では強い恐怖や我慢を抱えていることもあります。
アトラウマティックケアでは、表面的におとなしく処置を受けられたかどうかだけでなく、こどもがその体験をどう受け止めたのかを大切にします。
説明は「大人向け」ではなく「こども向け」にする
こどもに説明するときは、年齢や発達段階に合わせる必要があります。
難しい医療用語をそのまま使っても、こどもには伝わりません。一方で、「何もしないよ」「痛くないよ」と事実と違うことを伝えると、こどもは大人への信頼を失ってしまうことがあります。
説明では、こどもが理解できる言葉で、できるだけ正直に伝えることが大切です。
たとえば採血であれば、
「血を少しだけ取って、体の中の様子を調べるよ」
「針が入るときにチクッとするよ」
「動くと危ないから、ここは一緒に止めておこうね」
というように、何をするのか、どんな感覚があるのか、何を頑張ればよいのかを伝えます。
こどもにとって大切なのは、「何をされるかわからない状態」を少しでも減らすことです。
見通しが持てるだけで、不安は軽くなることがあります。
家族へのケアも含まれる
アトラウマティックケアの対象は、こどもだけではありません。家族も含まれます。
こどもの処置を見る保護者は、不安や罪悪感を抱くことがあります。
「かわいそう」
「代わってあげたい」
「自分が押さえることに抵抗がある」
「何をしてあげればいいかわからない」
このような気持ちは自然なものです。
家族が強い不安を抱えていると、その不安はこどもにも伝わります。
そのため、家族に対しても処置の目的や流れを説明し、どのように関わるとこどもの支えになるのかを一緒に考えることが大切です。
家族を責めるのではなく、家族もまた支えが必要な存在として関わることが、こどもの安心にもつながります。
アトラウマティックケアの具体例
アトラウマティックケアは、特別な場面だけで行うものではありません。
日常の小さな関わりの中にもあります。
- 病室に入る前に声をかける
- いきなり身体に触れず、これから何をするのか伝える
- こどもの持ち物や遊びを尊重する
- 処置の前後で、こどもの頑張りを言葉にする
- 嫌がる理由を「わがまま」と決めつけずに考える
こうした一つひとつの関わりが、こどもの「こわい」を少しずつ減らしていきます。
医療者にとっては何度も行っている処置でも、こどもにとっては初めての体験かもしれません。
その視点を忘れないことが、アトラウマティックケアの出発点です。
まとめ
アトラウマティックケアとは、医療や看護によって生じるこどもと家族の苦痛を、できるだけ少なくするためのケアです。
小児医療では、検査や処置を避けられない場面があります。
しかし、その体験がこどもにとって必要以上につらいものにならないようにすることはできます。
- 親子分離を減らすこと
- 痛みや恐怖に配慮すること
- こどものコントロール感を守ること
- 年齢に合わせて説明すること
- 家族も含めて支えること
これらはすべて、こどもを一人の主体として大切にする関わりにつながります。
アトラウマティックケアは、「やさしくすること」だけではありません。
こどもが医療の中で傷つきすぎないように、そして「自分は大切にされた」と感じられるようにするための、小児看護における大切な考え方です。

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