トータルペインを学ぶと、身体的苦痛、精神的苦痛、社会的苦痛と並んで、「スピリチュアルペイン」という言葉が出てきます。
しかし、スピリチュアルペインとは何かを説明しようとすると、難しさを感じる人も多いのではないでしょうか。
「人生の意味を失う苦痛」
「宗教や死生観に関する苦痛」
このように説明されることがありますが、実際のスピリチュアルペインは、もう少し広い内容を含んでいます。
たとえば、患者さんが「家族に迷惑をかけてまで生きていたくない」と話したとします。
この言葉には、家族の介護負担への心配、経済的な問題、身体機能を失ったつらさ、自分の存在価値への揺らぎなど、いくつもの背景が考えられます。
言葉だけを見て「スピリチュアルペインがある」と判断することはできません。
この記事では、スピリチュアルペインの意味、関係性・自律性・時間性という3つの視点、患者さんの言葉を受け止めるときの看護について解説します。
スピリチュアルペインとは
WHOによる緩和ケアの定義では、患者さんが経験する苦痛として、身体的な問題だけでなく、心理社会的な問題やスピリチュアルな問題も挙げられています。
スピリチュアルという言葉には、人生の意味や目的、希望、他者とのつながり、自分の存在や価値、宗教的な信条など、さまざまな要素が含まれます。
こうした支えが失われたり、これまで大切にしてきた意味や価値が揺らいだりすることで生じる苦悩が、スピリチュアルペインと呼ばれています。
ただし、スピリチュアルペインには、臨床で統一して使われている一つの定義があるわけではありません。
日本緩和医療学会の「がん患者の治療抵抗性の苦痛と鎮静に関する基本的な考え方 2023年版」では、終末期がん患者のスピリチュアルペインを理解するための定義として、「自己の存在と意味の消滅から生じる苦痛」が採用されています。
この記事では、スピリチュアルペインを、病気や治療、身体機能や生活の変化によって、自分の存在、価値、意味、希望、他者とのつながりなどが揺らぎ、苦悩となっている状態として捉えます。
スピリチュアルペインは宗教的な苦痛だけではない
「スピリチュアル」と聞くと、宗教や信仰を思い浮かべるかもしれません。
宗教的な信念や儀式は、その人を支えるものにも、苦悩に関係するものにもなり得ます。しかし、宗教はスピリチュアルな側面の一部であり、すべてではありません。
特定の信仰をもたない人にも、次のような問いや苦悩が生じることがあります。
- なぜ自分が病気になったのか
- これまでの人生にはどのような意味があったのか
- 何もできなくなった自分に価値はあるのか
- 大切な人とのつながりを失うのではないか
- これから何を支えに過ごせばよいのか
- 自分の未来がなくなってしまったように感じる
信仰の有無を医療者側が評価するのではなく、患者さんにとって何が支えとなり、何が苦悩につながっているのかを確かめる必要があります。
スピリチュアルペインを考える3つの視点
国内では、スピリチュアルペインを「関係性」「自律性」「時間性」の3つの側面から捉える枠組みが用いられることがあります。
これは、主に終末期がん患者のスピリチュアルペインを理解するために示されたものです。すべての患者さんにそのまま適用できる分類ではありませんが、患者さんが何に苦しんでいるのかを考える手がかりになります。
| 視点 | 関係する苦悩 | 表現されることがある言葉 |
|---|---|---|
| 関係性 | 孤独、大切な人との別れ、家族への負担感、信仰や超越的な存在との関係 | 「誰にもわかってもらえない」「家族に迷惑をかけている」 |
| 自律性 | 自分でできないこと、選べないこと、役割や楽しみの喪失、身体の変化 | 「何もできなくなった」「人の世話にならないと生きられない」 |
| 時間性 | 将来の喪失、心残り、希望のなさ、死への不安、病気になったことへの不条理 | 「これから先、何を楽しみにすればいいのか」「私の人生は何だったのか」 |
実際の苦悩は、いずれか一つにきれいに分けられるとは限りません。
「家族に迷惑をかけている」という言葉には、家族との関係への心配だけでなく、自分で生活できなくなったつらさや、家族と過ごせる時間が限られていることへの苦悩が含まれている場合があります。
3つの視点は、患者さんの言葉に名前をつけるためではなく、その言葉が本人にとって何を意味しているのかを尋ねるために使います。
精神的苦痛や社会的苦痛と切り離すことはできない
スピリチュアルペインと精神的苦痛、社会的苦痛の境界は明確ではありません。
たとえば、患者さんが「もう何の役にも立てない」と話した場合、次のような背景が考えられます。
- 痛みや倦怠感が強く、身の回りのことができない
- 抑うつによって、自分を否定的に捉えている
- 仕事を休み、収入や家族の生活を心配している
- 家族や社会の中で担ってきた役割を失ったと感じている
- 何かをできることと、自分の存在価値を結びつけている
身体的苦痛、精神的苦痛、社会的苦痛、スピリチュアルペインが重なっている可能性があります。
スピリチュアルな苦悩のように聞こえる言葉があっても、身体症状、薬剤の影響、せん妄、抑うつ、病状についての理解、経済的な問題、家族関係などを並行して確認します。
身体の苦痛や生活上の問題に対応することで、存在や希望に関わる苦悩が和らぐこともあります。
看護師は患者さんの言葉をどう受け止めるか
言葉の意味を本人に確かめる
患者さんが「生きていても仕方がない」と話したとき、すぐに励ましたり、言葉の意味を推測したりする必要はありません。
「そのように感じるのは、どのようなときですか」
「今、いちばんつらいと感じていることは何ですか」
このように尋ねることで、患者さんが話した言葉の意味を本人と一緒に確かめられます。
「そんなことを言わないでください」「家族は迷惑だと思っていません」と否定すると、患者さんがその先を話しにくくなることがあります。
苦痛だけでなく、支えになっているものを尋ねる
患者さんが大切にしてきたものや、今も支えになっているものを知ることも、ケアを考える手がかりになります。
- 今、気になっていることや心配なことはありますか
- 病気になってから、できなくなって一番つらいことは何ですか
- 今も続けたいと思っていることはありますか
- 誰と、どのように過ごしたいですか
- 少し安心できるのは、どのようなときですか
- 支えになっている人や習慣はありますか
すべてを一度に質問する必要はありません。
患者さんが話したくないときや、まだ言葉にできないときには、それ以上尋ねないことも必要です。話さないという選択も尊重しながら、必要なときに話せる関係を続けます。
日常生活のケアから働きかける
スピリチュアルケアというと、人生や死について語り合う場面を想像しやすいかもしれません。
しかし、実際のケアは会話だけではありません。
- 患者さんが選べる場面をつくる
- 自分で行いたいことを続けられるように方法を工夫する
- 会いたい人と過ごせる時間を調整する
- 仕事、家事、子育てなどの役割を部分的に続ける方法を考える
- 希望する服装や身だしなみを保てるように支える
- 宗教的な儀式や習慣を希望する場合に環境を調整する
- 身体症状を和らげ、考えたり話したりできる余力を確保する
患者さんが失ったものだけに注目せず、今も選べること、続けられること、つながっていられる人や場所を確認します。
ただし、医療者が「残っているものに目を向けましょう」と価値観を押しつけるのは適切ではありません。何が支えになるかは、患者さん自身が決めることです。
一人の看護師だけで抱えない
スピリチュアルペインには、身体症状、精神状態、家族関係、経済的な問題、宗教的な希望などが関係することがあります。
必要に応じて、医師、心理職、精神科医、医療ソーシャルワーカー、リハビリ職、緩和ケアチーム、宗教家、スピリチュアルケアを専門とする職種などと連携します。
看護師には、患者さんが話した言葉だけでなく、その前後の状況や日常生活への影響をチームへ伝える役割があります。
「家族に迷惑をかけている」と話した患者さんへの関わり
一例として、身の回りの介助が増えた患者さんが、「家族に迷惑をかけているから、もう家には帰らなくていい」と話した場面を考えます。
この言葉だけでは、患者さんが何を負担と感じているのかはわかりません。
「どのようなことを、いちばんご家族の負担だと感じていますか」と尋ねると、介護そのものではなく、家族が仕事を休んでいることや、経済的な負担を心配していることがわかるかもしれません。
反対に、自分でトイレに行けなくなったことや、家族の前で弱った姿を見せることにつらさを感じている可能性もあります。
背景によって、必要な支援は変わります。
- 痛みや息苦しさを調整し、できる動作を増やす
- 訪問看護や介護サービスについて相談する
- 医療費や休業に関する制度を確認する
- 患者さんの同意を得て、家族と互いの考えを話せる場をつくる
- どのような介助なら受け入れやすいかを本人に尋ねる
- 自宅以外の療養場所も含め、本人が望む過ごし方を検討する
言葉の意味を本人に確認することで、傾聴だけで終わらず、具体的な支援につなげられます。
「早く終わりたい」という言葉は安全面も確認する
患者さんが「死にたい」「消えてしまいたい」「早く終わりにしたい」と話した場合、その言葉をスピリチュアルペインの表出だけで説明してはいけません。
言葉が何を意味しているのかを尋ねるとともに、希死念慮の具体性や切迫性、安全を保てる状態かどうかを速やかに確認します。
強い身体症状、せん妄、抑うつ、薬剤の影響、孤立、家族や経済面の問題なども評価し、医師や精神・心理の専門職を含むチームで対応します。
患者さんの苦悩を受け止めることと、安全を確保することは、どちらも欠かせません。
小児緩和ケアにおけるスピリチュアルペイン
WHOは小児緩和ケアを、子どもの身体、こころ、スピリットを含む全人的なケアであり、家族への支援も含むものとしています。
小児緩和ケアでも、子どもの存在、希望、他者とのつながり、生活の意味に関わる苦悩を考える必要があります。
ただし、成人の終末期がん患者をもとに示されたスピリチュアルペインの枠組みを、そのまま子どもに使うことはできません。
子どもが病気や死、時間、未来をどのように理解しているかは、年齢だけで決まるものではありません。発達、これまでに受けた説明、療養経験、家族との会話などによっても異なります。
たとえば、子どもが「悪いことをしたから病気になったの?」と尋ねた場合、それをスピリチュアルペインと決めつけるのではなく、子どもが病気の原因をどのように考えているのかを確かめます。
友人との面会を断る子どもについても、疲れているのか、外見の変化を見られたくないのか、一人で過ごしたいのか、友人に何と説明すればよいかわからないのかは、本人に確認しなければわかりません。
遊びや絵の内容、沈黙、怒り、拒否などを、医療者が一方的に意味づけることも避けます。
子どもに合った方法として、次のような関わりが考えられます。
- 言葉だけでなく、遊び、絵、音楽、写真などを使って伝え合う
- 子どもが知りたいことと、今は知りたくないことを確認する
- 処置の時間や方法など、選べる部分をつくる
- 学校、友人、きょうだいとのつながりを希望に合わせて保つ
- 病気になる前から続けてきた遊びや習慣を取り入れる
- 子ども本人と家族、それぞれの考えを区別して聞く
家族の語りは、子どもを理解するための大切な情報です。一方で、家族が考える子どもの希望と、子ども本人の経験が同じとは限りません。
子どもが言葉で十分に説明できない場合にも、可能な方法で本人に尋ね、わかったことと医療者・家族が推測していることを区別して扱います。
スピリチュアルペインについて誤解されやすいこと
- 宗教をもつ人だけの苦痛ではありません。
人生の意味、希望、存在価値、他者とのつながりなども含まれます。 - 終末期だけに生じるとは限りません。
病気の診断や治療、生活の変化によって、早い時期からスピリチュアルな問題が生じることがあります。 - 患者さんの言葉を3つの側面に分類すれば評価が終わるわけではありません。
同じ言葉でも意味は異なるため、本人に確かめる必要があります。 - 深い話を聞き出すことがスピリチュアルケアではありません。
話したくないという意思や、まだ言葉にできない状態も尊重します。 - 死を受け入れることを目標にしません。
死を怖いと感じることや、受け入れられないと感じることも、そのまま表現できるように支えます。 - 看護師が答えを与える必要はありません。
苦悩を理解しようとし、具体的に対応できる問題を見つけ、必要な職種につなぐことも看護です。
まとめ
スピリチュアルペインとは、人生の意味だけでなく、自分の存在や価値、希望、他者とのつながり、選べる感覚、未来などが揺らぐことで生じる苦悩です。
一つに定まった定義はなく、精神的苦痛や社会的苦痛、身体的苦痛と重なりながら表れることがあります。
関係性・自律性・時間性という3つの視点は、苦悩を理解する手がかりになります。ただし、患者さんの言葉を分類し、医療者が意味を決めるためのものではありません。
患者さんが話した言葉を急いで否定せず、その言葉が本人にとって何を意味するのかを確かめる。
身体症状や生活上の問題にも対応しながら、本人が望むつながり、選択、役割、過ごし方を支える。
小児では、発達や表現方法に合わせて子ども本人に尋ね、家族や医療者の解釈と区別する。
こうした日々の関わりが、スピリチュアルペインに対する看護につながります。

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