わたしは何者か?|大人だって自分探しをするのだよ

わたしは何者か?
そんな自問をするのはモラトリアム真っ只中の高校生ぐらいだろうか。
いや、いい大人が自問したっていいだろう。
そんな気持ちで今これを書いている。

というのもつい最近、仕事を辞めた。
今までも転職に伴う有休消化などでまとまった休日はあった。
今回は正真正銘、仕事を辞めた。
2012年に子ども病院に就職してから何度か転職することはあれど、辞めるのは初めて。
ずっと興味のあった失業保険をもらうなど、生きていくための制度について知ることができたりといい経験をしている。

そんな中でひとつ思うことがあった。
「自分ってなんなんだろう?」

私の経歴が気になる人はプロフィールを見てもらえればいいのだけれど、今まで看護師としてやりたいことばかりやってきた。

新卒で就職した子ども病院では、学生時代からの目標だった緩和ケア認定看護師の資格を20代で取得。
仲間にも恵まれて緩和ケアチームの立ち上げや研究発表なんかも少々。
その後は地域医療を経験したいと療育施設に転職。
1年足らずで事業所を開設し、任せてもらえることになった。
その頃には緩和ケア認定看護師としての仕事も多少はいただけるようになり、個人的にはかなり満足度の高い看護師人生である。

なんて上っ面のいい部分だけ書き出してみたけど、実際はそんなことはない。
もちろん全体を通してみればかなり順風満帆寄りだとは思う。
けどやはり何かが足りない。
というか根本的に何も足りていない。

足りていないと思うのはいつの間にか自分に驕ってしまっていたからだろう。
自分にはあるはずだ、あって然るべきだという驕り。
たかが「緩和ケア認定看護師」だ。
その資格を得てから自分のやりたいことはしやすくなった。
組織の中では専門家ということで意見は伝えやすいし、資格取得の過程で得た知識や経験は、多少は誰かの役に立っているだろう。

でも、だからなんだ。
資格がなくてもすごい人はたくさんいる。
逆に資格を持ってるだけのクズもいる。
そんな当たり前のことは資格を取る前からわかっていたし、今も理解しているつもりだ。

けど最近思うんだよ。
「緩和ケア認定看護師」の看板に縋り付いて生きていないかと。

足りていないのをわかっていたから、必死でもがいてきた十数年。
足りていないならもがけばいい。
なのにここ数年、「緩和ケア認定看護師」の看板に甘えて、過去の蓄えだけで戦おうとしていなかっただろうか。
いや、闘おうとしていたならまだいい。
闘おうという気持ちすら失っていなかっただろうか。

少なくとも病院を離れて地域に移り、事業所管理者として経営側の思考が増え始めたあたりから、現場思考が別の思考で吞まれていったのではないかと感じる。
それが悪いというわけではないだろうが、今の自分の進む道ではない。

やりたいことがあるんだろう。
ならば、もがけ。
楽をするな。
他人に頼るな。
自分の足で踏み出せ。

そんなわけで現場を離れて、この4月から大学院に進学する。
「小児分野の緩和ケア認定看護師」って看板を外して、“等身大の自分”を一から鍛えなおすために。

緩和ケア認定看護師の資格を取得しただけで、いつの間にか何者かになった気でいたくそカッコ悪い自分とはサヨナラだ。
自分が今まで出会ってきたカッコいい大人たち。
そんな大人たちに少しでも近づけるように。
そして、これから育つ若い芽がそうなりたいと思ってもらえるように。

30代半ばにしてモラトリアムど真ん中とは気恥ずかしい。
でもまだまだ看護師人生の折り返し。
そして学生にもなるので許してほしい。

ということで、ここからまたあひるの大進撃は続いていくのである。
つづく。

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