緩和ケアにおける「最善を期待して最悪に備える」という考え方

緩和ケアの現場では、回復や安定を願いながら関わる一方で、状態の変化や急な悪化に備える姿勢が常に求められます。

このとき、土台となる考え方のひとつが「最善を期待して最悪に備える」という姿勢です。

この言葉には、理想にも現実にも偏らず、どちらにも逃げない思考のバランスが含まれています。本記事では、この考え方がなぜ緩和ケアの実践において重要なのかを解説します。

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最善を期待する、ということ

最善を期待するとは、単なる楽観とは異なります。

「きっと大丈夫」
「なんとかなる」
そう言って現実から目をそらすことではありません。

回復を信じること。
可能性を信じること。
目の前の人の力を信じること。

人に関わる仕事において、この姿勢が失われると、関わりはただの作業になってしまいます。希望があるからこそ、関わり続ける意味が生まれます。信じる姿勢があるからこそ、ケアは「対応」だけで終わりません。

最悪に備える、ということ

しかし、この言葉は半分だけでは成り立ちません。最悪に備える、という視点がもう一方にあります。

これは、考えたくないことをあえて考えるということです。起きてほしくないことを、想像の範囲に入れておくということでもあります。

急変の可能性。
状態悪化の可能性。
うまくいかない経過の可能性。

こうした未来を想定しながら関わることは、精神的な負担も伴います。それでも備えを怠ると、「そのとき」が来た際に、守れたはずのものを守れなくなることがあります。

最悪に備えることは、悲観でも諦めでもありません。誰かを守るための想像力であり、専門職としての責任の一部です。

どちらか一方では足りない理由

最善だけを見ていると、準備が不十分になります。最悪だけを見ていると、人は希望を失ってしまいます。

そのため、この言葉は常に両方を並べています。

期待する。
しかし、備える。

信じる。
しかし、構える。

このバランスは簡単に保てるものではありません。揺れながらも、その間に立ち続けようとする姿勢そのものが、専門職としての誠実さにつながります。

「冷たい温かさ」という感覚

この言葉の持つ特徴は、現実を直視する冷静さと、根底にある温かさが同時に存在している点です。

理想だけを語るわけでもなく、現実だけで諦めるわけでもない。どちらにも偏らず、逃げない姿勢が示されています。

緩和ケアの基本姿勢として

この考え方は、緩和ケアの現場における基本的な考え方のひとつでもあります。

回復や安定を願いながら関わること。
同時に、変化や悪化が起きたときに対応できる準備を整えておくこと。

この両立があるからこそ、患者や家族の不安を支え、急な変化の際にも落ち着いて対応することができます。

最善を期待して最悪に備えるという姿勢は、特別な場面だけで求められる考え方ではありません。日々の観察、症状マネジメント、家族への説明など、緩和ケアのあらゆる実践の土台に流れている思考です。

希望を持ちながらも現実から目をそらさないこのバランスは、不確実性の高い状況に向き合う緩和ケアにおいて、判断と行動を支える基礎となります。

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