去年の6月末をもって前職を退職した。
そして緩和ケア学会を挟んで7月より今の職場に転職。
細切れにはブログやXで「こんなことしてるよー」って報告させてもらっていたけどせっかくなのでちょうど1年という区切りで簡単に振り返りをしておこうかなと。
やりたかったことは多々あるので、とりあえずこの1年でできたことを整理する。
1.病院から地域へ
まずは何といっても病院という建物から抜け出して地域という無限に広がる世界への第一歩を踏み出したこと。
無限に広がるなんて言うともちろん語弊はあるのだけれど、少なくとも病院よりは何十倍も世界は広がった。
療育施設ということで「児童発達支援/放課後デイサービス」、「ショートステイ」を行いつつ、関連施設の訪看との連携で「小児訪問看護」もやらせてもらってる。
もちろんその過程で病院の地域連携室とのやり取りや支援者会議に参加したり。
地域でやりたかったこと本当にぜーんぶやらせてもらってる。
さらに言うとNICU退院後のフォローや心不全、がんの子どもたちは非常に多く、自分の経験が余すことなくフルに活かされている。
あとは決して喜ばしいことではないのだがこの1年間で複数人の看取りを経験した。
地域の療育施設でこんなにも看取りを経験するとは思っていなかったので正直驚いている。
と同時にあらためて病気とともに生きている子どもたちがどれだけ死と近い場所で生活しているかという当たり前の事実を見つめなおす機会となった。
そして、失礼かもしれないがあえて言う。
療育施設で「緩和ケア」などという言葉は当然のごとく認知されていない。
ただ、「認知されていないだけ」でちゃんと意味づけをすれば「実践はされている」んだよね。
これも病院時代から常々言い続けていること。
ほとんどの医療者は無意識化で緩和ケアを行っている。
それを意味づけして意識的な緩和ケアとして実践ができるように。
そうすればケアの質は飛躍的に上昇する。
と思っている。
悲しいことだけれど数人の子どもが亡くなったという事実は療育施設の職員の絆を強くしたし、緩和ケアという言葉を知ってもらう機会にもなった。
さらに言うと地域でのグリーフケアにつなぐこともできている。
みんなの気持ちを自分は専門家としてロジックで結び付けていく。
とてもやりがいのある仕事をさせてもらっているなとつくづく思う。
なんて書き出すとキリがないのでとりあえずできたことのひとつめでした。
2.緩和ケア認定看護師としての外部の仕事
これはやりたくてできるものでもないし自分のやりたいことをやる中で何かしら機会があればいいなと思っていたこと。
だったのだがまさかまさかの機会にたくさん恵まれてとてつもなく充実していた。
結果的にはオンラインセミナー3本+予定が2本、インタビューが1本、簡単な執筆を2本。
何ともまぁ転職1年目にしては上出来すぎる活動内容だこと。
それぞれの活動で十分期待に応えられたかどうかはわからない。
けどもその時の100%は出し切ったつもり。
自分の周りだけでなくより広い世界の人たちへ「小児緩和ケア」という世界を知ってもらえたら嬉しい。
なのでこれからもどんどん発信していけるように。
またやってほしいと思ってもらえるように。
知識と経験を蓄えて発信力を研ぎ澄ましておきたいと思っている。
3.看護派遣バイト
いやいやバイトかよって思われるかもしれないが、これはもう若いころからずーっとやりたかったこと。
お金を稼ぐためというのもまぁなくはないが、どうしても自分の看護師歴では経験値に偏りが出てしまう。
でも毎回転職するわけにはいかない。
じゃあどうするか。
バイトをしようってことだよね。
転職直後はそれこそいろんなバイトをした。
特養、グループホーム、訪問入浴、イベント待機…
バイトに関しては「経験値」を目的としていたので子どもに関わらず高齢者看護も行った。
なんなら介護士枠のバイトもいくつか経験した。
知り合いには「認定持ってるのに介護士のバイトって何してんの?」なんて笑われたこともあった。
でもこの経験っていつかどこかで絶対に活きると思うんだよね。
何一つ無駄な経験なんてない。
そして今は行きつけの小学校ができたのでほぼ週1ペースで医療的ケア児の見守りとケアをしに行っている。
派遣バイトを始めてみて思う。
こんなにも視野の拡がる活動を制限している組織(前職を含めて)ってバカじゃね?って。
どんどん外の世界で学ばせて吸収してきたものを自分たちの組織に活かせばいいのに。
なんてもちろん簡単じゃないことはわかるし、バイトをすることで自分の組織のブラックさに気づくこともあるだろうし。
それでもなおもったいないと思わずにはいられないほどバイトで得られる経験というのは貴重だよ。
総評
ということで周りの人々には常々言ってることだけどマジで転職大成功。
むしろ大成功過ぎて怖いぐらい。
前職でなかなか理解されづらかった活動も誰にも邪魔されず全力でできる。
全力でやった結果として少しずつだけど個人の仕事もいただけている。
緩和ケア認定看護師になってから敵の多いイバラの道だったけど、唇噛んでこぶし握り締めてやってきたこともすべて今につながってる。
そういうありがたいつながりに感謝して、この1年の総評としよう。
最高の1年が終わり、最強の2年目へ。
つづく。

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