いのちの授業と聞くとどのようなものを思い浮かべるだろうか。
きっと人それぞれ思うところがあると思う。
実はこの「いのちの授業」というのは自分が転職をするきっかけになった言葉でもある。
なんていうと少し大げさだがその辺の話を少し残しておこうと思う。
病院で小児科の看護師をやっていると、なかなか地域の子どもたちへ目を向ける機会は少ない。
ここで言う地域の子どもたちというのは病気の有無に関わらずすべての子どもたちのこと。
自分の看護師としての最終目標は「すべての子どもたちが安心して安全に過ごせること」。
緩和ケア認定看護師になったのもそのため。
どうしても「緩和ケア認定看護師」なんていうと看取りや病気による苦痛に対処する人だと思われる。
もちろん間違いではないし、看護協会としてもそういう役割を期待するところが大きいだろう。
でも自分はその場面だけに限定したくない。
ということでいつかは病院から地域に出てもっと近くで子どもたちを支えられる仕事がしたいと思っていた。
そこで何をするかといろいろ考えた。
緩和ケア認定看護師としての知識、経験を積んだ自分にこそできること。
悩んだ末にたどり着いたのは子どもたちに「生きること、そして死ぬこと」を伝えたいと思った。
まさにタイトルに挙げた「いのちの授業」である。
まずは現状でどのような活動や教育が行われているかを簡単に調べてみた。
すると「命の大切さ」や「生きることのすばらしさ」など“生きること”を主体としたものは数多く見つかった。
でも“死ぬこと”を主体としたものはほとんどなかった。
理由はおそらく子どもに対して取り扱うにはテーマが難しかったり、伝える側も死に関して十分に考えたことがない場合などだと思う。
でも個人的に“死ぬこと”は“生きること”に匹敵するほど大切なテーマだと考えている。
そこを見て見ぬふりをしながら“生”にばかり目を向けさせるのは将来必ず迎える“死”を未知の現象にしてしまう恐れがあるとすら思う。
そしてどうやって活動をしていこうかなと考えて引き続きいろいろと調べていると自分のやりたいことにかなり近しいものを見つけた。
それが「エンドオブライフ・ケア協会」の「折れない心を育てる いのちの授業」という活動だった。
この活動は「あなたの命はたくさんの人たちがつないできたものであなたも次世代につないでいく大切な命なんだ」みたいな“つながるいのち”や「あなたにはあなただけのたった一つの大切な命がある」みたいな“1つのいのち”のような従来のアプローチとは異なった側面から「いのち」を伝えている。
特に「苦しみとは希望と現実のひらきである」など緩和ケアでも学ぶような苦しみの本質に触れていたり、その苦しみにどう対処するかを3つの支えを示して伝えるなどかなり充実した内容であることに加え、それを子どもが理解できる内容に落とし込んでいるところが素晴らしいと思った。
すでに先人が作った道があるのならその道を歩かせてもらおう。
そしてさらに道を整えることでより多くの人がまた同じように歩けるように。
ということで先日「折れない心を育てる いのちの授業」の認定講師になるべくトレーニングに参加してみた。
一言で言うと予想以上だった。
何より参加者の中に小学生がいたことに驚いた。
同じグループになった小学生の子と対等に意見交換をしたのである。
こういう授業ではどうしても大人と子どもは教える側と教えられる側になることが多い。
でもこの活動はそういった前提すら構えず「子どもが講師をしてもいい、できる」のだと感銘を受けた。
とても有意義な時間を過ごすことができた。
まだ認定講師のスタートラインに立っただけなので実際に講義をするにはステップアップしていく必要があるが、いずれ活動に参加できるように研鑽を続けようと強く思う。
興味がある人は「エンドオブライフ・ケア協会」のホームページに詳しく記載されているので参考にしてもらえればと思います。
おわり。
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